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  • 2017.01.03 Tuesday
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これも「虐め」=「犯罪」


泣きまねが上手いのは、小沢一郎。

白々しい拍手と歓声。
やはり、「三文芝居」ならでは。

筆者も拍手しよう。

「よっ! 売国奴!!」

大事な時に国会を空転させ、政治を弄んだ罪は大きい。

こんな男に代表を務めさせる組織は、やはり代表自身の言う通り、「力量不足」即ち「政権担当能力がない」のである。

嘘泣き男の三文芝居の話はここらへんで。

嘘泣きではなく、本当に泣き、苦しみ、そして、耐えられなくなる人もいる。
自ら起こした騒動でなく、自省しない凶暴な連中によって。

モンスターペアレント」。


日教組の反日工作員はどうでもいいが、真面目に子供を教育しようと日夜頑張っている教師に対し、「モンスターペアレント」言い換えれば「クズ親」が、チンピラやくざのように言いがかりをつけていることは周知の通り。

「母親(妻)が朝起きないので、代わりに起こして欲しい」というボンクラ夫や「うちの娘は箱入り娘にするので、絶対に献花させるな。誓約書を書け」という育ちの悪い親が自身を省みることなく、学校に無理難題を押し付ける。

最近の親は、学校や病院、役所などに対して、「消費者感覚」を持ち、要望を言えば叶えられると勘違いしているようだ。

「憂国ドクター・むぎ」(むぎさん、これ使っていただいていいですよ・笑)さんも、患者やその親について憤っておられる。

このような話を見聞きする度に思うのだが、チンピラどもにも職場があろうが、そいつらは「自分がクレームをつけられる側」になる可能性やそういう立場の人の気持ちを考えたことはないのだろうか?

・・・・ないのだろう。

自分以外の気持ちがわからない。

相手がどれほど傷ついても、意に介さない。

何せ「お客様は王様」なのだから。



先日、こんなことがあった。

駐車場にクルマを停めて、缶コーヒーを飲んでいた時のこと。

隣にクルマが停まり、助手席にいた女性が後部座席に回ってドアを大きく開けた。

ゴツン

筆者のクルマに当たった。

すると、隣にいたダンナが「当たったで」と妻に言った。

・・・・・筆者と目が合ったのだが、こちらを「見てるだけ」。

謝る気配すらない。

そのまま「筆者を睨みつけながら」クルマから離れようとする。

そこで、クルマの窓を開け、

「おい!ちょっと!『ごめんなさい』は?」

「・・・・・・・・・・・・」

ボケっとしている。妻は知らん顔。

「ぶつけておいて、『ごめんなさい』も言われへんの?」

頭を光らせながら言う。太陽が反射して眩しいに違いない。
もうピカピカだ。しかも午後だからヌルヌル(笑)

「・・・・・すみません」
と、夫。 妻は相変わらず知らん顔。

基本的なコミュニケーション能力がないのだろう。

仮に、これが逆の立場だったらどうか?

この夫婦は恐らく筆者に怒りをぶつけて噛みつくだろう。

「ごめんね」くらいでは済まない。

「ミスして鉄筋が128本少なくてごめんね」
では、もちろん済まされないが。

清水建設など建設のマンション、鉄筋128本が不足 
施工ミス
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/071107/crm0711071018002-n1.htm

おいおい! 「ミス」って。
バレたのが「ミス」ではないのか。

見せしめに業務停止命令を出せばよい。

・・・・・話がそれた。

書きたかったのは、こちら。

【やばいぞ日本】第4部 忘れてしまったもの(2)
「お前ら全員辞めさせる」


http://sankei.jp.msn.com/life/education/071107/edc0711070337000-n1.htm

長くなるが、全文引用する。


首都圏の小学校で昨年、こんなことがあった。

 6年生の児童が友達とけんかした。たたかれて鼻血を出したことに父親が激怒、校長室に怒鳴り込んできた。父親はテーブルの上に座り、校長の胸ぐらをつかんで「学校の責任だ。傷害罪で告訴する」と迫った。

 騒ぎを聞いて集まった担任らは「原因は双方にある」などと説明し、今後は厳重に指導すると約束した。だが、父親は聞き入れず、「お前ら全員辞めさせてやる」と廊下にまで響きわたる声で罵倒(ばとう)した。

 結局、父親に押し切られる形で警察が呼ばれ、教室で現場検証まで行われた。たかが子供のけんかにと、警察も困惑気味だった。「最近の親は、いったんキレると何をするか分からない」と、事情を知る学校関係者が肩をすくめた。

 こんな親は決して珍しくはない。今年8月、首都圏から十数人の小中学校教員に集まってもらい、教育現場で今、何が問題になっているのか、匿名を条件に語ってもらった。複数の教員が真っ先に訴えたのは、無理難題を押しつけて学校を混乱させる、一部の親の存在だった。

 「うちの子をリレーの選手に選べと、脅迫的な電話を1週間もかけ続ける」「校庭の遊具で子供がけがをしたから、遊具をすべて撤去しろと求める」

 全国の教員らでつくる研修組織「TOSS」の向山洋一代表は、学校に理不尽な要求を突きつける親のことを“怪物”にたとえてモンスターペアレントと呼び、深刻さをこう語る。   「先生を先生と思わず、抗議のための抗議をする親がいる。『校長を土下座させた』『担任を辞めさせた』などと吹聴することもある。モンスターペアレントが一人でもいれば、その学校は崩壊してしまう」

こうした親に振り回される教員の心労は大変なものだ。文部科学省の調査では、2005年度にノイローゼなどの精神疾患で学校を病欠した公立小・中・高校などの教員は過去最多の4178人。前年度より619人増え、10年前の3倍に達した。この多くが、保護者対応に苦慮していたとみられる。

 昨年6月、都内の公立小学校の新任女性教師=当時(23)=が自宅で自殺した。

 「無責任な私をお許し下さい。全て私の無能さが原因です」。教師がノートに書き残した遺言だ。教師は2年生クラスの担任を任されていた。関係者によれば、死の数日前、親しい知人らに保護者対応で苦しんでいることを打ち明けた。宿題の出し方などに不満をもつ親がおり、執拗(しつよう)な抗議を受けていたというのだ。

 クラスと家庭を結ぶ連絡帳には、この親からの苦情がびっしり書き込まれていた。「あなたは結婚や子育てをしていないから経験が乏しいのではないか」。人格否定の言葉まであった。

 教師が「すみません」と書くと、何がすまないのか具体的に書くよう求め、教師が説明すると、消しゴムで消して「もういい」と突っ返すこともあった。連絡帳を見た先輩教師がその内容に驚き、自ら親に電話してたしなめるほどだった。

 校長や教頭の対応にも問題があった。悩んでいる教師に対し、親に電話で弁明するよう求めたり、誠意をみせるため配布物を各家庭に直接届けるよう指示した。ストレスは増えた。

 関係者は「通常の抗議の枠を超えた親の言動が、教師を追いつめたことは間違いない。校長も守ろうとしなかった」と打ち明ける。

 親による先生への“いじめ”がなぜ、これほどまでに横行しているのだろうか。


 ■強まった教育への「消費者」意識

 理不尽な親が目立つようになった背景はなんだろう。プロ教師の会を主宰する日本教育大学院大学の河上亮一教授は「『国民』を育てる、という公教育の基本理念を見失ってしまったことが最大の要因ではないか」と指摘する。

 河上教授によれば、今の親たちが中学生だった1980年代、学校を取り巻く環境が大きく変わった。個人主義が声高に叫ばれ、制服や校則に反対する“学校たたき”が盛んになった。規律や権威といった公教育には欠かせない要素が次々に失われていった。

 90年代以降になると、親が学校に対して「消費者」意識を持つようになり、逆風は一層強くなった。教育サービスという言葉が浸透し、高い税金を払っているのだから、教員は親のいうことを聞いて当然とする意識もみられるようになった。代わりに、学校や教師に対する感謝が忘れ去られていった。

 こうした時代を過ごした今の親が、「消費者」意識を暴走させたのがモンスターペアレントだと、河上教授はみる。

 さらに問題は、理不尽な親の行動に周囲が引っ張られてしまうことだ。

 数年前、都内の小学校教員が新聞を使った授業をしようとしたところ、ある児童がスポーツ紙を持ってきた。その中に成人向けのページが含まれていたため、教員は使用を控えた。

 そのことを曲解した親の一人が、日ごろの不満もあって「あの教師は変態だ」などのメールを複数の親に流した。

 このことが児童にも伝わった。悪乗りした児童が授業中に「変態先生」と大声を上げたため、教員は児童の頭を軽くたたき、静かにするよう注意した。すると今度は「暴力教師」とのメールが一斉に流された。

関係者によれば、この教員はそれまで、指導力が高いと校長からも信頼されていた。

 ところが一部の親のメールがきっかけで、児童にあなどられても強い指導ができない“ダメ教員”になってしまった。教員は結局、自ら希望して別の学校に異動した。

 親が身勝手な要求を行い、教員が萎縮(いしゅく)するようになれば、それは学級崩壊につながり、子供たちに悪影響を及ぼす。

 今年6月以降、東京都港区教委や北九州市教委などが、公立学校で保護者との間にトラブルが生じた際、校長が法律上の問題などを弁護士らに直接相談できる態勢を整え始めた。だが、こうした取り組みはまだ緒に就いたばかりだ。

 公教育は、秩序ある社会生活を営むための学力や規範意識を身につけさせるものだ。昨年12月に改正された教育基本法の前文にも「公共の精神を尊び」という文言が追加された。こうした当たり前の意識が社会全体に欠けていることは否めない。「公共の精神」を考えようとしてこなかったつけは大きい。




子供同士の「虐め」も最近のケースをみると「犯罪」の域にあるが、こうしたクズ親による「虐め」も犯罪といえよう。

他者を慮る気持ちのない人間はもはや「人間」ではない。
人の集まりである社会に適応できないのである。

「言った者勝ち」「ゴネ得」の世の中は、少なくとも戦前までの美しく誇り高い日本ではない。



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