素晴らしき軍歌  

昨日は、「憂國談義〜サクラ咲く」の模様だけを書くつもりだった。

しかし、ガチコメ店長さんから頂戴した鶴田浩二の軍歌集CDを何度も聴いているうちに、「ムラムラ」ではなく「メラメラ」と闘志が湧き上がり、つい2本目を更新してしまった。

昨日は、統一地方選挙が各地であり、注目の夕張市長選挙や長崎市長選挙も行われた。

夕張では、あの羽柴秀吉こと三上誠三氏が次点だった。
http://www.geocities.jp/tono_hideyoshi/index7.html

「私財の半分を夕張市に寄付します!」
これが効いたのか?

ちなみに、現職市長がその市に寄付することは禁じられている(はず)。

一方、弔い合戦となった長崎市長選。

亡くなられた伊藤一長前市長の女婿が立候補したが、落選。
実の娘さんは悔しさを露わにしていた。

「気の毒」ということと、「市長としてふさわしいかどうか」は別問題だろう。

新聞記者と市長とは、職責も仕事内容も大きく異なる。

少なくとも、市民はそう判断したのである。


東京では、勘違いした連中が何人か立候補したが、その中でも極めつけなのが、宅八郎だろう。
http://www.takuhachiro.net/
↑ 宅八郎のホームページ。 彼のアップの写真があるので要注意(苦笑)
「渋谷を萌えさせたい」と、相変わらず意味不明な言葉を発していたようだ。

良かった! 渋谷が「萌え」なくて。

さて、全国的にはマイナーな話題になるが、和歌山市では市議会議員選挙があった。

この選挙では、かつて愛人に公金で貢ぐなどの不正が発覚し、逮捕された前市長でもある旅田卓宗氏が、市議会議員に当選した。http://www.naxnet.or.jp/~wa_obz/news/28/news-28.htm
http://plaza.rakuten.co.jp/papaiku/diary/200612090000/

和歌山市の有権者の良識を疑ってしまう。

何か特別な組織票でもあるのか?

いずれにせよ、この結果は市民に返ってくる。


今夏、参議院選挙が行われる。

地域によってはロクな候補者がおらず、棄権したくなるかもしれない。

だが、それでも決して棄権せず、現実をしっかり見るべきである。

1票を投ずるに値しない候補者ばかりの選挙区ならば、誰か然るべき候補者を見つけるなり、場合によっては自身が立ち上がるなどの行動も必要だろう。

また、我々有権者は1票を投ずる以上、日ごろからもっと勉強しなくてはならない。

・・・・・と、偉そうなことを書いてみた。

さて、今夜も軍歌を聴くとしますか。
http://www.geocities.jp/abm168/GUNKA/gunka.html

軍歌は決して戦争賛美ではない。

また、街宣右翼ごときの示威行動に利用されるべき歌でもない。

軽佻浮薄な現在の音楽より、よほど味わい深い。

「同期の桜」http://www.geocities.jp/abm168/GUNKA/dokisakura.html

「ラバウル小唄」
http://www.geocities.jp/abm168/GUNKA/rabaul.html


ちなみに、筆者の祖母が小学生の頃の唱歌である「水師営の会見」は、日露戦争の「旅順攻略」がテーマである。 

祖母は今でも覚えている。

筆者は「子守唄」として、幼い頃によく聴いた。

 
作詞:佐々木信綱  作曲:岡野貞一
小学唱歌(明治39年6月)

http://www.geocities.jp/abm168/Doyo/suishieinokaiken.html

1
旅順(りょじゅん)開城約成りて
  敵の将軍ステッセル
乃木大将と会見の
所は何処水師営(いづこすいしえい)

2
庭に一本棗(ひともとなつめ)の木
弾丸(たま)のあとも著(いちじる)しく
崩れ残れる民屋(みんおく)に
今ぞ相見る二将軍

3
乃木大将は厳かに
御恵(みめぐ)み深き大君の
大みことのり伝うれば
彼かしこみて謝しまつる

4
昨日の敵は今日の友
語る言葉もうちとけて
我は讃(たた)えつ彼(か)の防備
彼は讃(たた)えつ我が武勇

5
かたち正して言い出でぬ
「この方面の戦闘に
二子を失い給いつる
閣下の心如何にぞ」と

6
「二人のわが子それぞれに
死所を得たるを喜べり
これぞ武門の面目」と
大将答え力あり

7
両将昼食(ひるげ)ともにして
なおも尽きせぬ物語
「我に愛する良馬あり
今日の紀念に献ずべし」

8
「厚意謝するに余りあり
軍の掟に従いて
他日我が手に受領せば
長く労(いたわ)り養わん」

9
「さらば」と握手懇ろに
別れて行くや右左
砲音絶えし砲台に
閃(ひらめ)き立てり日の御旗


乃木、ステッセル会見の模様を叙事詩にしている。

「昨日の敵は今日の友」と述べたところは、乃木将軍の真の武人として
の面目躍如たる一面を伺い知ることができよう。

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  • 2017.09.17 Sunday
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コメント
はじめまして。

大阪 軍国酒場、軍歌酒場と検索しておりまして
訪問させていただきました。
小生、東京銀座のヨーソローという海軍酒場に出没しては轟沈などを歌っておりました。海軍軍装と軍歌が
大好きなんですが、帰郷にて大阪でいい気分で歌える
環境(^^)の整ったところはございませんでしょうか? 京橋にあったのですか?もうなくなったのでしょうか?大阪市内で情報をお持ちの方は教えてくださいませ。12月8日には例の本を買って友人と歌いに行きたいのです。
  • S中佐
  • 2008/11/27 10:19 AM
軍歌はいいですね!
味わい深いです。

先日の「憂國談義」では、大の大人が「同期の桜」を歌いながら泣いていました。

今度是非! 飲みに行きましょう!


  • ハゲリーマン
  • 2007/04/24 7:04 PM
ハゲリーマンさん、親切なお誘いありがとうございます。 
またそのうち一杯やりましょう。

私も去年死んだ父が戦争末期に海軍へ行ったもので、軍歌は小さい頃からよく聞かされました。
「轟沈」なんかは、歌っていて元気になります。
♪可愛い魚雷と一緒に積んだ 青いバナナも黄色く熟れた
男所帯はきままなものよ ひげも生えます ひげも生えます無精ひげ〜
・・・京橋の軍歌酒場は、もう潰れてしもたんかなあ?

乃木大将ですが、当時は武士の精神的な強さ・優しさ・潔さなどを持った、司馬遼太郎の言葉を借りれば「人間の芸術品」とも言える人々が多かったように思います。

日清戦争でも、連合艦隊司令官伊東祐亨は、北洋艦隊司令官
汀汝昌に温情あふれる言葉を尽くして降伏を勧めるなど、「帝国主義日本の侵略」などという左翼の宣伝とは余りに異なる、麗しい光景が展開していたように思います。
  • Venom
  • 2007/04/24 2:53 PM
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宅八郎宅 八郎(たく はちろう、1962年8月19日- )は静岡県浜松市出身の元おたく評論家。宅八郎の名はたこ八郎をもじったものである。本名は矢野守啓(やの もりひろ)。現在はホストかつアドバタイジング・ディレクター。最近はアイドルを育てるSNS
  • ももかの日記
  • 2007/04/25 7:07 AM
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